ぺーぱーの日々

上機嫌でいること、夢中でいることを目標に、今日も色んなことに手を出します。

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友達がいないことはコンプレックスだと思っていたけど、考え事をし始めたら友達がいないことを誇りに思い始めた件

一年後に結婚することに決まってから、

彼女と結婚式について話し合いをすることが増えた。

 

「どんなドレス着たい?」

「チャペルでやっちゃう?」

 

幸せな会話。

 

そして、最も重要な(経済的にも)

「誰呼ぶ?」問題。

 

とりあえず、「うーん…」と探すふりをする。

 

だが、そんな必要はない。

「呼ぶ友達などいないから…」

 

友達がいない…

昔からのコンプレックス。

 

だが、生涯のパートナーにはちゃんと打ち明けよう。

これからずっと去勢を張り続けるなんて嫌だ。

 

勇気をもって打ち明ける。

「友達いないし…」

 

「私も」

彼女のこの言葉に、救われた。

 

そして、改めて誓った。

 

この子と結婚しよう。と

 

 

これを機に、まるで背中を押されたかのように、

 

「友達がいないことってそんなに恥ずかしいことなのか?」

「もういい大人なんだし、友達の数を自分の価値だと考えるのはどうなんだろう?」

「そもそも、友達ってなに?必要か?」

 

なんてことを考え始める。

 

 

大学で京都に出てから、実家に帰るたびにどこにも遊びに行く様子がない僕を見て、

 

「遊ぶ友達いないの?」

 

と兄妹にイジられてた。

 

「京都にはいるもん!」と初めは反論していたが、途中からめんどくさくなって反論するのをやめた。

 

そもそも、友達ってなんだろうと思う。

 

定期的に遊ぶ関係?

無性に会いたくなる相手?

しょうもないLINEを送り合う関係?

 

そんな相手、ぼくにはいない。

 

友達が少ないと指摘されて、

「一人が好きだから」と答えるのは、

友達が多い人たちからすると、

負け惜しみや言い訳にしか聞こえないだろうけど、

 

映画、読書、ブログ、株、放浪

 

自分の趣味と呼べるものは、全部一人でできるもの。

時間があれば、仕事か趣味に興じたい。

 

 

社会人になってからは、そのことを包み隠さなくなった。

 

サラリーマンをしてた時は、

上司だろうとお客さんだろうと、

「ぼくは9時にはスイッチ切れます」と公言していた。

 

たまに22時まで残っていたりすると、

「珍しく今日は元気やん」と言われていた。

 

「21時のペーパー」

 

社内の人からはこう呼ばれるように。

 

コロナの時短も21時のぺーぱーを味方をしてくれた。

 

仕事がらみの人間関係と

プライペートの友達関係は、

別物かもしれないが、

友達が多い人は、社内でも人付き合いが良い人が多いと思う。

 

社内だろうと、

社外だろうと、

それぞれ人付き合いには共通した価値観があるんだと思う。

 

でも、友達が多い人が常に成功するとは限らない。

友達が少ない人でも、社会的に成功する人は多い。

 

有名な経営者が書いた啓発本には、

「友達と付き合う時間があれば、自分に投資しろ」的なことが書いてあるし、

 

タモリも、

「友達は要らない。友達が少ないから、自分の過ごしたいように過ごせる」的なことを言っていた気がする。

 

友達が少ない=その人に魅力がない

とは限らない。

ということだろう。

 

つまり、

「お前、友達少ないよな」と言われるのは、全然問題なし!

 

「お前魅力ないよな」

「お前つまらないよな」

と言われたらアウト。

 

いや、実際言われたら、きついな。

かなり凹む。

だが、仕方ない。

誰にとっても魅力のある人なんていないのだから。

 

わざわざ自分に言ってくる相性の悪い人に、

好かれる努力をするよりも、

「まだ見ぬ物好き」に好かれるが現れるのが得策。

 

だが世間には、

「一人でいるやつ」=「魅力がないやつ」だと自動変換する輩な多いこと。

 

つまり、一人でいる人には、

「魅力のないやつ」のレッテルを張られるリスクがある。

 

きっと、

世の中の一人でいる人たち(同志たち)は、

そんなリスクを負ってでも、

「一人の世界を満喫したい」という信念の持ち主たち。

 

なんて思い込みを始めたら、

 

友達がいない自分を少し誇りに思えてきた。